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食を伝える「拘り」がそこにある 我道 飲食の社長たち

日本の飲食業界をリードする社長たちの「拘り」はどこにあるのか。生い立ちや人生観などのパーソナリズム視点からひも解き、人気飲食店オーナーの素顔と内面にクローズアップしていきます。企業理念やビジョンはもちろん、お客様一人ひとりに対しての想いや取り組みも知ることができるシリーズ企画です。

記事

株式会社渡辺ハゲ天 代表取締役 渡辺徹氏

2011/12/05

株式会社渡辺ハゲ天

代表取締役

渡辺徹氏

1960年9月22日生

85年の歴史と天ぷら本来の楽しみ方を大切に、
新しい美味しさと新しいスタイルを築いていく。

プロフィール
(株)渡辺ハゲ天・代表取締役。創業者の祖父から数えて三代目にあたる。慶応大学法学部を卒業し、大手メーカーで4年ほど事務職に従事する。当時は海外企業と取引をする機会が多く「もっと国際ビジネスを極めよう」と退職。その後、渡米。ジョージワシントン大学でインターナショナルマーケティングを専攻し、約2年間、経営と会計学を学ぶ。帰国後はハゲ天へ入社。現在も東南アジアなど海外への出店には前向きである。夢は先代を超えること。「父親よりも、一人でも多くの人に食べてほしい」と物静かに語る。
主な業態
季節の天ぷらをご提供する「ハゲ天」
企業HP
http://www.hageten.com

株式会社渡辺ハゲ天 代表取締役 渡辺徹氏の写真

震災からのスタート。

「ハゲ天」の歴史は今から約85年前にさかのぼります。当時、創業者となる祖父は大手保険会社で働いていましたが、1922年に縁あって旅館の一人娘と結婚します。祖父はそこの若旦那に納まりました。しかし翌1923年、関東大震災によって旅館は全壊し、新婚夫婦は仕事も住む家も失ってしまいます。どうにか生活を立て直そうとする二人は、汁粉屋(しるこや)や一膳飯屋をはじめますが、いずれも失敗。最後の望みと東京九段に出したのが「たから」という天ぷら屋でした。旅館の名前が「宝来館」でしたから、そこからとったのでしょう。震災から5年後のことです。
ただ、九段でも商売はきびしく一年で閉店の危機に瀕したようです。そんなとき保険会社時代の上司が手を差し伸べてくださり、資金を工面していただきました。さらにこの方の「夜逃げするなら賑やかな銀座へ逃げたまえ」という助言を得て、祖父は銀座へお店を移します。じつはこの方に「ハゲ天」という名前もいただいたのです。

ハゲが揚げる天ぷら屋、ハゲ天。

祖父はその風貌から九段では「はげの天ぷら屋」と親しまれていました。結局、お店を銀座に移すことになるわけですが、前述した元上司から「新規一転、名前にもインパクトを持たせて背水の陣で頑張れ!」と激励を受け、気恥ずかしさもありながら屋号を変える決意をしました。屋号のインパクトと元上司からの多大な支援、さらにカウンターで召し上がっていただくスタイルが時流にのり売上は安定していきました。
その後、経営は父に移りますが、父はもともと技術者で料理人の経験はありませんでした。ただ「もっと多くの人に天ぷらを食べていただくにはどうしたらいいか」と、厨房の外からはあれこれ考えていて、油の温度や質・衣の割合・材料の重さと揚がり具合などを数値化していき、条件が整えば誰でも安定した美味しさの天ぷらを揚げられる仕組みをつくっていきました。これによりお店は多店舗化の道を歩みはじめます。祖父の代で一つだった店舗は、父の代で25店舗までに広がったのです。

天ぷらは小さく、味は多彩に。

時代は変わり21世紀。今から4年前、私が代表に就任しました。創業当時はもちろん、私の就任時と比べてもここ数年お客様の嗜好は変化しています。従来の天ぷらというのは、ボリュームやカロリーが高いイメージがあります。そのままですと、お店の中心となっている中高年のお客様はたくさんの種類を召し上がれません。そこで昨年は「天ぷらは小さく、味は多彩に」を合言葉に、「一口天ぷら」と銘打った商品をご提供しました。
天ぷらになる食材は年間で400近くありますが、これらを組み合わせて調理することでメニューはまだまだ広がりますし、食べ方も本来はお塩や天つゆだったところを、マヨネーズをベースにしたソースでいただいたり多彩です。何年か前には横浜の地下街に天茶の専門店を出したこともあります。色々な種(たね)・組合せ・調理の仕方・食べ方、そうした工夫では銀座にひしめく他の有名店に負けない自負があります。

新しいものに挑戦していく事も使命。

ただ、天ぷらに向かない素材というのもあるんです。サンマなど油の多い食材もそのひとつで、揚げ油と魚の油が喧嘩するんですね。私どもでは魚の油と揚げ油が混ざらないようにしたり、下味をつけることでサンマを美味しく揚げることに成功してきました。ほかにも「羊かんの天ぷら」など面白いメニューを出したこともあるんです。こういう新メニューは、会社としてテーマを決めて開発することもあれば、調理の現場やお客様のニーズで誕生することもあります。
天ぷらとは「季節の素材をシンプルに、且つ、食べやすく召し上がっていただけるようにすること」だと考えています。でもこうした本質を守りつつ、新しいものに挑戦していくことも私どもの使命だと感じています。

お座敷、テイクアウト、ケータリング ~ひとりでも多くの方へハゲ天を~

ハゲ天には古くからのファンや海外からお越しいただくお客様が多数いらっしゃいます。ただ、市場は縮小傾向にあり、私どもも“お客様をお待ちするだけ”の営業スタイルでは厳しくなっていくと思います。そもそも、今の若い方は子供の頃から天ぷらを食べてらっしゃらない。そうなると「ときどき天ぷらが食べたくなる」ということも少ないでしょう。価格だってもっと選べるようにしなければいけませんから、私どもでは高級なお座敷天ぷらだけでなく数百円で定食が食べられるお店など、業態のバリエーションを増やしています。また、全国の百貨店やショッピングモールなどでテイクアウト専門店を展開したり、鍋釜を持ってお客様の目の前でお作りするケータリングのようなスタイルも手がけています。
天ぷら屋というのは、一見、敷居が高く見えるかもしれません。でも、実際はそんなに高いものばかりじゃありませんから、これを読まれた方は、ぜひ一度「ハゲ天」にお越しいただければと思います。「お店に来たことがない人にハゲ天の美味しさや楽しさを知ってもらう」、これ私の一番の楽しみなんです。

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