1. 我道 ~飲食の社長たち~
  2. 株式会社スパイスロード ブルーセラドン株式会社 代表取締役社長 涌井征男氏
食を伝える「拘り」がそこにある 我道 飲食の社長たち

日本の飲食業界をリードする社長たちの「拘り」はどこにあるのか。生い立ちや人生観などのパーソナリズム視点からひも解き、人気飲食店オーナーの素顔と内面にクローズアップしていきます。企業理念やビジョンはもちろん、お客様一人ひとりに対しての想いや取り組みも知ることができるシリーズ企画です。

記事

株式会社スパイスロード ブルーセラドン株式会社 代表取締役社長 涌井征男氏

2012/01/17

株式会社スパイスロード ブルーセラドン株式会社

代表取締役社長

涌井征男氏

1944年7月27日生

小さな喫茶店から始まり、タイ料理に傾けてきた情熱。
食を通じて、アジア各国との架け橋に。

プロフィール
神奈川県出身。1972年、28歳で東京・西荻窪の学生街に喫茶店『OAK』を開店。当初はコーヒー専門店だったが、学生さんの要望でカレーを提供するようになり、スパイスの探求にのめり込む。42歳でアジア料理店『東洋食堂』を開店。その際、タイ人スタッフが作るトムヤムクンに衝撃を受け、本場タイ料理の追求に心血を注ぐ。以後、独自に開発したトムヤムラーメンを看板メニューとする『ティーヌン』を開店し、好評を博す。現在では『ティーヌン』9店舗の他、『カオタイ』『サイアムヘリテイジ』など都内を中心に23の直営店運営に携わる。
主な業態
タイ料理『ティーヌン』『サイアムヘリテイジ』等の経営
企業HP
http://www.spiceroad.co.jp/ http://www.blueceladon.com/
株式会社スパイスロード ブルーセラドン株式会社 代表取締役社長 涌井征男氏の写真

シルクロードに思いを馳せて…。

 私が初めて自分の店を持ったのが28歳の時。学生街に佇む小さな喫茶店でした。もともとコーヒー専門店だったのですが、顔なじみになった学生さんから「お腹が空いたからカレーを作ってほしい」と頼まれたのがきっかけで、カレーを出すようになったんです。初めは我流のシンプルなものでしたが、カレーを突き詰めていくと実に奥が深い。特にスパイスの魅力に取り憑かれ、インドまで足を運ぶほどインド料理にのめり込んでいきました。思えば、子供の頃からシルクロードに憧れを抱いており、その影響があったのかもしれません。いつか、アジア料理を中心にシルクロードの味を再現してみたいと…。42歳で高田馬場にアジア料理のお店を出し、それから60歳を過ぎた今になるまで、ずっと夢を追い続けているようなものです。

タイ料理との出会いは、衝撃の味。

高田馬場のお店で、スタッフとして雇ったタイ出身の女性に、本場のトムヤムクンを作ってもらったのが、私とタイ料理との出会いでした。正直、衝撃的な味だった(笑)。パクチーの味も、ナンプラーの香りも、初めは受け入れられなかった。けれど、世界三大スープと言われるだけあって、不思議とだんだん虜になっていったんです。彼女の手ほどきを受けながら、タイ料理の世界を突き詰めていきました。そのタイ出身の女性こそが、今ではタイ料理研究家として有名になった味澤ペンシー先生です。
 タイ料理にどんどんのめり込んでいくうちに、「このトムヤムクンに何か入れられないだろうか」と考えるようになりました。お餅を入れてみたり、うどんやご飯を入れてみたりしながら試行錯誤していると、ラーメンが合うんじゃないかと。けれど、ただトムヤムクンにラーメンを入れただけでは誰にでも真似ができる。オリジナルじゃないとやる意味がない。そこで、独自に開発したトムヤムペーストを使って作る「トムヤムラーメン」の誕生に辿り着いたわけです。このラーメンを看板メニューに、『ティーヌン』をオープンさせたのが1992年のことです。

日本中にタイ料理の良さを知ってほしい。
--株式会社スパイスロード

 今でこそ、多くのお客様がファンだと言ってくださる「トムヤムラーメン」ですが、初めはなかなか受け入れられなかった。けれど、私自身がそうであったように、徐々に「やみつきになる」という方が増えてきました。そこで、ティーヌンオープンの翌年、株式会社スパイスロードを設立しました。当時はまだ、今ほどタイ料理はポピュラーではありませんでしたし、価格の高いお店も多かった。もっと手軽にタイ料理を楽しんで頂きたいという思いが、私の使命感につながっていたのかもしれません。
 バンコクの屋台に行くとわかるのですが、タイには安くて美味しいものがたくさんある。しかも、使っている食材は体にいいものばかり。ですから、できるだけ本場のハーブや調味料の再現にこだわりながら、気軽に食べられる価格で提供できるよう、努力を続けてきました。『ティーヌン』の他に、タイ屋台料理『カオタイ』、バンコクダイニング『スクンビットソイ』などもオープンし、それぞれのお店の個性を活かしながら、これからもタイ料理の素晴らしさを伝えていきたいと考えています。

落ち着いた雰囲気で、ワンランク上のタイ料理を。
--ブルーセラドン株式会社

 『ティーヌン』1号店のオープンから20年。おかげさまで多くのお客様からご支持頂き、「日本にタイ料理を広めたい」という私の一つの目標は達成できたかなと思います。そして次のステージは、「タイ料理の地位を高めたい」ということ。もちろん、リーズナブルな屋台料理もタイ料理の魅力ですが、それだけではありません。落ち着いた優美な空間で、本物のタイ料理を楽しんで頂きたい…。そこで2006年、ブルーセラドン株式会社を設立。玉川高島屋に『ブルーセラドン』を、続く2007年には新宿高島屋タイムズスクエアに『ブルーロータス』、新丸の内ビルディングに『サイアムヘリテイジ』をオープンさせました。
 特に、丸の内に出店したことには大きな意味があると考えています。最近では、現地法人や工場などが増えたこともあり、タイでの勤務経験がある方が多くいらっしゃいます。そんな方々にも、本場にひけをとらない味と、心を込めたおもてなしで喜んで頂けるお店にしたい。そして大切な商談や接待、記念日の会食などにも利用して頂けるお店にしたい。そして今後は、皇居のそばという立地を活かし、タイ王室関係の方、大使館の方、政府の方などにも利用して頂きたいという思いもあります。日本におけるタイ料理の地位を上げ、正しい料理と文化を伝えていくことが、私の次なる使命だと考えています。

“微笑みの国”から学んだ、人とのつながり。

 タイに行ったことのある方の多くは、不思議とその魅力に惹きつけられると言います。かく言う私も仕事でタイに行く度、心が和みます。その理由を考えると、人々が常に笑顔で接し、挨拶ひとつにも手を合わせて微笑んでくれるからではないでしょうか。人と人とのつながりは、そういう笑顔の中から生まれてくるのだと思います。ですから、業態を問わず私が経営する全てのお店で、心のこもった挨拶と接客には目を光らせています。
 タイの国民性から学んだように、人を敬い、礼節を重んじながら、私たち自身がアジア各国から尊敬される人間になることが大切。それを肝に銘じ、食を通じてアジア各国と友好関係を築いていくことが私に与えられた仕事だと考え、今後も努力してまいります。そしていずれは、私たちの持つ味覚やサービスの繊細さを活かし、食の激戦地であるニューヨークにタイレストランを展開することが私の夢。シルクロードから始まった小さな思いが、いつか海を渡って輝く日まで、まだまだ挑戦し続けます。

ページの先頭へ戻る