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食を伝える「拘り」がそこにある 我道 飲食の社長たち

日本の飲食業界をリードする社長たちの「拘り」はどこにあるのか。生い立ちや人生観などのパーソナリズム視点からひも解き、人気飲食店オーナーの素顔と内面にクローズアップしていきます。企業理念やビジョンはもちろん、お客様一人ひとりに対しての想いや取り組みも知ることができるシリーズ企画です。

記事

株式会社ハブ 代表取締役社長 太田剛氏

2012/07/04

株式会社ハブ

代表取締役社長

太田剛氏

1961年1月4日生

英国PUBという文化を広め、数十年も愛される店を通じて、日本の暮らしを豊かにする。

プロフィール
兵庫県神戸市出身。大阪経済大学経営学部卒業後、株式会社ハブ(旧)入社。渋谷、六本木、新宿の店長を経て、エリアマネジャーや営業部長を歴任。入社以来、営業畑を歩み続け、現場を知り尽くす。2009年、代表取締役社長に就任。中学時代から陸上競技(長距離)に没頭し、報徳学園~大阪経済大学と駅伝の名門校に進学。「自らの人間形成は、陸上競技経験にある」と語る。現在の主な趣味は、釣り。息子と出かけることもあるが、考え事などに集中する時には、都内の釣り堀で「ボーっと」独りで糸を垂らす。ゴルフでリフレッシュすることも。
主な業態
英国風PUB『HUB』『82』の運営
企業HP
http://www.pub-hub.co.jp

株式会社ハブ 代表取締役社長 太田剛氏の写真

学生時代利用したHUBに衝撃を受け、自分も挑戦したいと感じた。

 私がHUBと出合ったのは、就職活動中に神戸・三宮のHUB1号店を利用した時のことです。週刊誌と同じくらいのリーズナブルな価格でビールが飲める。しかも、セルフサービスで買う「キャッシュ・オン・デリバリー(COD)」というスタイル。そして、豪華な雰囲気。神戸ならではかもしれませんが、半分くらいが外国人のお客様で――。日本ではないような雰囲気に、大きな衝撃を受けました。
 最初はダイエーが経営しているとは知りませんでしたが、母などから「ダイエーは主婦の味方。中内さん(当時・ダイエー社長)はすごい人」とずっと聞かれさていました。小学生の頃にダイエーが近所に開店した時には「駄菓子屋で30円のお菓子が27円で買える!」と、私も子供ながらに「中内さんの商売はすごいな」と感じていました(笑)。
 私が就職活動していた時、ダイエーは小売業売上ナンバー1で、1980年に年商1兆円を突破した勢いある状態でした。そしてHUBで飲んだ後日、会社説明会に参加。そこで「10年間で1000店舗にする」という当初の計画を知って、自分自身が衝撃を受けた事業、しかもこんなに高い志を持つ事業に私も挑戦したいと考えて、株式会社ハブ(現在のハブの前身/当時のダイエーグループ)に入社しました。
 当時の私は、外食ビジネス全般にはそれほど興味がありませんでした。ハブ を選んだのは、そのスタイルやシステムに惹かれたからです。しかし入社後、実際に店舗に配属された時には、「(CODが)面倒くさい」とお客様から財布をポンと投げられたこともありました。創業時、HUBはなかなか受け入れられなかったのです。

創業の原点に戻り、英国PUB文化を日本に広める事業を極めていこう。

 そもそもハブは、英国のPUB文化に感動した創業者・中内が「日本で広めたい」と事業化しました。基本的に「夕食を兼ねて飲む」という日本の居酒屋文化とは違い、イギリスのPUBは会社帰りにビールを軽く飲みながらコミュニケーションを図る、リセットの場です。そのような明日への活力になる場と文化を広めれば、日本の暮らしが絶対豊かになる。それが、中内の持論でした。
 その想いを受け継ぎ、ハブは「英国PUB文化を日本において広く普及させるため、英国風PUBを通じてお客様に感動を与える『感動文化創造事業』を展開する」という経営理念を掲げています。この理念は、私が社長に就任する2年前、2007年に明文化したものです。
 実は、私たち自身が「英国PUB」というコンセプトを見失っていた時期がありました。そんな中、1998年に金鹿研一が当社社長に就任。当時最古参だった私は金鹿に、この事業の方向性について問われました。私は、「もう一度原点に戻って、一から英国PUBをつくり直していきたい」と思いを伝えたところ、金鹿は「それなら、イギリスに渡って本物のPUB文化を体感してこい」と渡英を許可してくれました。こうして本場のPUB文化を肌で感じ、そこで得たものを報告し検討していく中で、英国PUBだけをやり続けようという事業の方向性が定まったのです。その後、従業員の想いを改めて明文化したのが、現在の経営理念です。
 この理念には、私が強くこだわった言葉が二点入っています。「日本において」と「英国風PUBを通じて」という文言です。グローバル化が進み、市場がシュリンク(縮小)していく日本で、独自のマーケットを創り出して、一つの事業を極めていこう、そんな想いが込められています。多業態化によるリスクヘッジという退路を断ち、私たちができる“本物の商売”だけを選択したのです。

社会やすべてのステークホルダーから必要とされ、喜ばれる店づくりを。

 「感動文化創造事業の展開」という経営理念は、「自分たちの事業は、本当に社会から必要とされているのか。すべてのステークホルダーに喜ばれているのか」ということを、綺麗事でなく、本気で考えている表れです。その一例として、日本の地域コミュニティの崩壊問題への取り組みがあります。地域の方々が顔をつき合せて話せる場、それがHUBです。そういう意味でも、HUBは社会に役立つ事業であると考えています。
 また、HUBは地域密着型のPUBですから、個々のお客様との関係を築くことが重要です。2011年に開校した『ハブ大学』などで仕事や店舗運営に必要な基本知識は教えますが、基本を十分理解していれば、自分で接客方法を変えてもいいと私は思っています。お客様の満足度が高ければ、もし忙しくて手が離せない時は、「ありがとう!」と手を振るだけでもいいじゃないか、と。
 こういったマニュアルを超えたそれぞれの店の個性は、店長や従業員の創意工夫で作り上げられています。チェーンの仕組みを利用して店舗展開を進めながら、一方でお客様とスタッフでお店の空間をつくり上げるのがHUBですから。まったくのチェーン店になったら、ハブは滅びる。そう、私は思っています。
 イギリスでは、親子数代にわたって同じPUBに通います。私たちも「数十年間、同じ場所で同じ商売を行い、お客様と一緒に歳を重ねていくべきだ」と考えます。ありがたいことに、英国PUB文化を日本で真面目に広めていることに、英国大使館からもご理解をいただいております。こういったことは、ハブで働く従業員たちの誇りとモチベーションになっています。

数十年後も「HUB・82があって良かった」と思われる店でありたい。

 30代以上の方が落ち着いて飲める新業態『82』の展開も本格始動し、業容については「2017年までに売上100億円・130店」という目標を掲げています。売上は早期実現しそうですが、出店に関しては人財をきちんと育成しながら着実に進めていく計画です。拙速な出店による撤退をせず、「10年前と街は全く変わったけれど、HUB・82は変わらず残っていてよかった」と感じていただけるお店、それこそがまさに「PUB」であるHUB・82の姿だと思います。
 2011年の震災直後、「HUB・82が開いてて良かった」「ここに来たら誰かに会えるんじゃないか」というお客様がたくさんいらっしゃいました。このことで、「私たちの事業は単にアルコールを売っているのではなくて、社会から必要とされているビジネス・“場”であり、社会貢献にも繋がっている」と改めて強く感じました。私自身は、この先何十年も現職を続けられるわけではありません。とにかく今は、軸をぶらさずにこの事業をやり続けることで、創業時の目標だった「1000店舗」を今後30年間で実現できるベースをつくるのが自分の役割だと思っています。
 そして、今10歳の息子と10年後にHUB・82で一緒に飲んで、彼が結婚して孫ができたら、孫とも一緒に飲みたいですね。たぶん、90歳まで生きたらギリギリ間に合いますね(笑)。そんな風に親子三代でHUB・82で飲めた時、ハブがまだ元気であれば、私たちのやってきたことが世の中から本当に必要とされていたんだと実感できるでしょう。そして「日本にHUB・82があって良かった」という声をたくさん聞ける――。それが、私の実現したいことです。そのためにも、英国PUB文化という、今まで日本になかったスタイルを知っていただきながら、「こういう飲み方もいいね」と感じてくださる方をどんどん増やしていきたいと思います。

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