1. 我道 ~飲食の社長たち~
  2. TKSグループ 株式会社J.fromD. 代表取締役社長 樺山重勝氏
食を伝える「拘り」がそこにある 我道 飲食の社長たち

日本の飲食業界をリードする社長たちの「拘り」はどこにあるのか。生い立ちや人生観などのパーソナリズム視点からひも解き、人気飲食店オーナーの素顔と内面にクローズアップしていきます。企業理念やビジョンはもちろん、お客様一人ひとりに対しての想いや取り組みも知ることができるシリーズ企画です。

記事

TKSグループ 株式会社J.fromD. 代表取締役社長 樺山重勝氏

2013/12/25

TKSグループ 株式会社J.fromD.

代表取締役社長

樺山重勝氏

1968年2月12日

お店に愛情を注ぐということは、つねに挑戦するということ。

プロフィール
鹿児島県阿久根市(あくねし)出身。「高校のときからとにかく社長になると既に決めていました。」樺山は笑顔で当時をふり返る。経営を学びたい、そう決意した樺山は高校を卒業すると福岡の経理専門学校へ進学する。その後、簿記を取得し後学のため一路東京へ。たまたまはじめた「お好み焼き家」のアルバイトで、現在の会長にあたる神里氏と運命的な出会いを果たす。
主な業態
和洋折衷、創作料理など、こだわりの32ブランド116店を展開
企業HP
http://j-from-d.com/

TKSグループ 株式会社J.fromD. 代表取締役社長 樺山重勝氏の写真

神里会長との出会い、そしてJ.fromD.設立へ。

生まれ育った鹿児島を出て福岡へ。その後、福岡の経理専門学校を経て東京へ出てきました。21歳のときです。
当時、アルバイトを始めたのが「お好み焼き 一番/明大前店」。現在の会長・神里と一緒に油と煙にまみれて仕事にあけくれる日々でした。
アメリカを放浪した経験もある神里は、当時の飲食業界にはない面白い考えをする人物で、20そこそこの私も他社にはない魅力を感じていました。ビジネスライクなところもあれば、仕事にかける情熱も普通じゃない。神里は今でもお店に出ていますが、彼によく言われていた「若いときの仕事の頑張りは、その人を裏切らない」という言葉を、今では私が若い人に語り聞かせています。
その後、いくつかの組織変更を経て(株)J.fromD.が誕生します。ジョブ・フロム・ドリーム、そんな願いをこめてつけた名前です。

成長する組織と、募る危機感。

個人的な意見ですが、私は飲食業と外食産業とは別ものだと思っています。調理と作業、そんなイメージに近いかもしれません。どちらが良いも悪いもないのですが、少なくとも我々がお客様から支持されてきたのは、一回一回味見をしながら出すような「調理」があったからです。
でも最近は組織が大きくなり、従業員たちはお客さんと自分の関係が見えにくくなったのかもしれません。売上も出ているのですが、どうもうまくいってないんですね。なんというか、現場に変化が起きなくなってきたんです。創業時には皆で意見を出し合って「ああしよう、こうしよう」とやっていたことがなくなっている。これには危機感を覚えました。そこで着手したのが、担当エリア制の廃止と従業員主導による店舗開発です。

愛情とは挑戦し続けること。

これまで当社では、エリアにわけて各ブランドをみてきました。東京のA地区に複数のブランドがあれば、A地区の担当者が一人で複数のブランドをみるわけです。ただ、このやり方ですと一人で複数のブランドを見ることになりますから、思い入れとかも薄まってしまう。ただの管理です。
エリア制を廃止し、一人が1ブランドをみることで店をシンカさせていく。うちでいうシンカとは進化と深化の両方です。素材や味付け、サービス、あらゆるシーンで試行錯誤を続けていきますから、時には味がブレるかもしれません。もちろん、現場では極力チェックしていきますよ。ただ、愛情を注ぐってそういう挑戦を続けていくことなのだと思います。その最たるものが、この11月にリニューアルオープンした「北海 神隆丸(じんりゅうまる)調布店」の成功です。

「北海 神隆丸」の船出。

「北海 神隆丸(じんりゅうまる)調布店」は、もともと「神隆丸」という名称で営業していました。新鮮な魚介類を楽しんで頂ける海鮮居酒屋です。中でも調布店は立地なども申し分なかったのですが、思ったほど数字が伸びなかったのです。お店をのぞくと、活気というか雰囲気も今ひとつなんですね。
そこで考えました。リニューアルオープンさせ、店長をはじめ社員たちに店の経営から任せようと。私が指示したのは「北海道の食材にこだわること」、それだけです。あとはメニュー、ロゴマーク、人材の採用まで、すべて現場主導で決定していきました。給与体系も同様に、成果に見合った報酬制度を導入し、賞与などは自分たちで決めさせています。自分たちでお店を作り上げていくことで、愛着がわいたのでしょうね。オープンはじめ、売上げはこれまでの2.5倍を達成するまでになりました。

若い経営者の育成と、さらなる味とサービスの追及。

私は32歳で社長になりました。同じように(株)J.fromD.グループからも、もっともっと若い社長を誕生させたいと考えています。その第一歩が今回の「北海 神隆丸」だったのです。この動き組織全体へ浸透させるつもりです。
また、組織を拡大することで従業員たちにもそれなりのポジションや報酬を手にしてもらいたい。スタッフが気持ちよく働ける環境づくりは、結果的にお客様に気持ちの良い時間を提供することになりますから。
2014年、(株)J.fromD.は陣頭指揮をとり、各ブランドの強化を今まで以上に進めて参ります。まだまだ成長過程の私たちですが、皆様がお店を選ばれる際、多少でも私たちの「飲食に対するこだわりや愛情」を思い出して頂ければ嬉しいです。

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